川をくだる。

人生という大河をくだっているところ

実家とお盆

お盆休みはとにかく休みたい一心で実家に帰ってきた。仕事のストレスがなくご飯を3食食べて沢山寝るだけで肌艶がめちゃくちゃ良くなった。

 

実家ではちょっと前に、家族揃って感染症にかかっていた。そして祖父は介護が必要で、祖母も大きめの怪我をしていて、母方の実家でも様々な体調不良が起こっており、心身不調のオンパレードという感じだった。

 

全体的にみんな疲れており、ここは私が賑やかすしか...!という勝手な使命感に駆られて、 いつも通り変な顔や動きをしてみた。

 

みんなとは書いたけれど、疲労しているのは主に家の家事をこなし、平日も家族の世話をしていて、母方の実家の面倒も見ている母だった。

 

私がひとりで自分のやりたいようにに仕事をしたり遊んだりしている間、母はずっと誰かの面倒を見ていた。母は自分の趣味も楽しんでいるし、田舎での穏やかな生活が合っているんだろうなとは思うけど、結婚をして子供ができてからは子供、親、家族、ずっと誰かの面倒を見続けている人生だ。

 

実家には父も兄弟もいるし、母方の実家にも兄弟が住んでいるのに、『世話をする』という業務が平日も家にいて企業に勤めて仕事をしていないというだけで、母に一点集中している。

 

一方私は先のこととかよく分からない〜仕事辛い〜好きなように遊びたい〜みたいな感じでふらふら生きていて、申し訳ない。

 

それと同時に、自分は人の面倒を見て自分の人生が終わることに耐えられない、と思った。男も、自分と家族の世話をしろ。私にも好きにやらせろという意地がある。    

 

とにかく実家は古い家で、自分の人生や恋愛に対する価値観はこの古臭い家父長制度への疑問と反発心と諦めから形成されているところが大きいな〜と気付いているんだけど、自分の中で整理することがとても難しい。後々文章にまとめたい。

 

取り敢えず今度、おかんと一緒に旅行にでも行こうと思う。

 

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①家族の老いを目の当たりにして、家族の「老い」と「死」が怖い。

②母を犠牲にして私の自由が成り立っているということ。

③母を犠牲にしてまで私の自由には意味があるのかということ。

④でも結局。私にはずっと実家に留まることはできないということ。

⑤今まで結婚したがる人の気持ちがイマイチ理解できなかったけど、自分の親がいなくなったあと、法的に保証された自分の居場所があるというとはすごく安心することなんだなと思った。