川をくだる。

人生という大河をくだっているところ

自分で自分が分からないから説明ができない

自分のセクシャリティと同性のアイドルを好きであることについて。

 

職場で何気なくした会話について書き出してみる。会話をしていた時はふ〜ん、ぐらいにしか思っていなかったはずなんだけど、土日に入ってからふとした瞬間に会話が脳内で勝手に再生されてしまう。どうしたものか...と考え込んでいたので、自分が会話について引っかかっていること気付いた。

 

 

男性の先輩2人と、私がとある女性のアイドルグループが好きだという話をしていた。

 

片方の先輩はアイドル系の趣味や所謂「推し」を持ったことがない人で、同性のアイドルを好きになるという感覚がイマイチ理解できないようだった。

 

しかも私のスタンスが"男性アイドルも好きなうえで、アイドル全般が好きだから女性アイドルも好き"というタイプではなく、"自分が好きな(同性の)グループだけが好き"というタイプだから、余計に理解が難しかったらしい。

 

彼が口にしていた疑問の1つを端的にいうと、恋愛対象でない性別に対して熱狂できるのか?どこを好きになるのか?ということ。

 

オタク的な趣味から無縁なヘテロ三十代男性からしたら、同性のアイドルに熱狂している人間の気持ちを理解することが難しいのは想像に容易いので、そりゃそうだよなと思った。

 

もう一人の先輩は好きなアイドルがいる方だったので、「キラキラ〜とか憧れで好きになる」という感じの素晴らしいフォローを入れてくれて、実際に私もそう思うので「プリキュアみたいな感じです」と日々考えていることを言ってみた。

 

アイドルはキラキラで可愛くて、ステージ上では日々の努力を爆発させた最強のパフォーマンスを見せてくれる。可愛いだけじゃなくて強いくて、自分もそうありたいと思わされる。まさに幼児の時に大好きだったプリキュアに近い存在だ。

 

ここからが問題だった。先輩のもう1つの疑問は、私の恋愛対象が女性なのか?ということ。しかも、そもそも男の人好きになったことある?人間に興味あるの?という質問を重ねてくるというボリューミー具合だった。

 

改めて文字にするとプライバシーの欠片もない今が令和であることを疑う言葉の羅列なのだけど、最悪な弊社ではよくあることであり、あまりにもあっからかんと言われたものだから、私もはぁ。。?という感じになって普通に会話してしまった。

 

彼が同性の芸能人を好きになることが感覚的に理解できないこと、私が同性のアイドルのみを好きであること、私の普段の生活態度からその疑問に至ったのであろうことはすぐに分かった。

 

私は自分にまつわる恋愛話はないので話さないし(捏造エピソードなら話している)、現在恋人はいないが特段欲しいとも思わないので自虐的に恋人が欲しいという話をすることもない。なんなら好きな男性芸能人もいない(顔が好きな人はいる)。社内にもそういった方面で魅力的に思う人間は皆無といった状況だ。

 

そしてあまり自覚はないのだけど、多くの人と比較すると、そもそも人に興味がないのかもしれない。

 

職場では未だに名前をうろ覚えの人がいるけど、積極的に覚えたり、人となりを知ろうとしたりはしない。話がしたくて自分から話しかけることもほぼない。どうでも良い人間関係の話ばかりする飲み会はストレスなので帰りたい。頻繁に特定の人と合うと疲れてしまう。時間は全部自分のために自由に使いたい。

 

中学生ぐらいの時に、この人なんだか気になるかも、ぐらいはあったけど情熱的な感情になっかことはない。付き合いたいとかもなかった。

 

深く知っている・もしくは直感で物凄く合う人だと分かった人のことしか恋愛的に好きになれないんだろうという予感はあるし、自分の心の壁が分厚くて恋愛感情を抱く程に仲を深めることも難しい。あとは何となく男性も女性も好きになれる気がする。でもあくまでも感覚でしかなく、断言できない。敢えて分類すると、デミロマンティックとかグレイセクシャルとかに近いのかな。はっきりしないから分からない。

 

この女性を好きになれるかもしれないという感覚が、同性のアイドルを好きである感情と繋がりが全くない訳がないと思う。自分は憧れとかキラキラだけでアイドルを好きになっていないのかも、という感覚はぼんやりある。ここら辺は本当にぼんやりすぎるのであまり書かない。もっと煮詰めて考えたい。

 

まあ自分からしたらこれが通常モードなのでそういうもんだし!と割り切っているが、マジョリティからしたら理解し難い感覚であことぐらい、20年以上生きてたら分かってくる。

 

とりあえず先輩には、「え〜普通に(男性を)好きになったことありますけど〜...」「人に興味ありますよー!」「ていうか女性アイドルが好きだとそう受け取られることもあるんですねー」という無難で半分真実で半分は嘘みたいな、よく分からない返事をしてみた。面白がってくれて、適当に会話を締めた。

 

 

この文章を書き出す前は、漠然と暗い気持ちになっていたが、今回のように自分に違和感を抱いた人に対して、自分でさえ分からない自分を説明しなくてはいけない場面が、生きていたら息を吸うように発生することを想像して憂鬱になっていたみたいだ。

 

自分がどういう人であるかを全て正直に話せば、説明が長くなるし、単純なものじゃないので理解されにくいだろう。かと言って、堂々と短い言葉で己を表せば誤解も含む表現になってしまうし、理解されなくて傷つく自分を想像してしまうので、その強さと勇気はない。

 

こうやって曖昧に濁したり、作り話をしたりして、人生で何回も訪れるであろうその瞬間を凌いでいく少し先の自分を想像するだけで、今の自分も摩耗していく。

 

早くどうにかなるようになりたい。

寝ます。。。

 

知らない土地に住む人

 

ライブで仙台に行った観光日記。

 

ライブがメインなので特に計画も立てておらず、隙間時間で観光をしてきた。ホテルから近いという理由だけで立ち寄った塩釜市がかなり良かったのと、見知らぬ土地に住む人のことを考えたという話。

 

適当に調べて、なんかいい感じそうだな〜

と思った塩竈神社が目的で塩釜に行った。

駅には波をイメージした青のグラデーションのタイルや魚の絵が描かれたポストやモニュメントがあって、駅からたしかに、塩だ!!と思った。海なし県出身者はここでもうわくわくした。

 

歩いてみると古い建物がポツポツあり、海街特有の、建物の錆具合が好きだった。

 

伊勢物語にも登場したほど歴史がある土地らしくて、塩釜神社に向かう歩道には伊勢物語塩釜市にまつわる和歌が書いてある石碑が並んでいた。

 

塩竈神社は黒くて大きな鳥居と長い参道、長い階段が荘厳だった。整えられた美しい日本庭園と、高台にあるので海が見えるところが良かった。境内には船のいかりがおいてあり、海に近い神社らしかった。七五三や成人式の撮影や、結婚式が開かれていて賑わっていた。

 

本当は神社だけみて帰ろうと思っていたが、ちょっと歩けば海が見えることが分かり、水がみたい!という本能が爆発して海を見て行くことにした。

 

海の近くにはモニュメントのある公園があって、近くにいってそれはすぐに3.11に関するものだと分かった。自分が今呑気に観光してる場所が被災をしているという、当たり前の事実を再確認させられた。

 

今まで、何かの慰霊碑とか、モニュメントとかそういったものがある意味について深く考えることはなかった。"忘れない為"や"後世に残す為"という言葉を聞いても、まぁそうだよねとか、むしろ形式的だなとか当事者ではない自分は思っていた。

 

でも私は見知らぬふらっと訪れた土地で、犠牲者の名前が記されている石を見て、津波の高さが刻まれたモニュメントを見てこの土地で何があったのかを考えた。公園や慰霊碑、モニュメントなど、出来事が起こった場所に、形を持つものを置く意味ってそういうことなのだと身をもって理解した気がする。

 

その公園の先には海があり、漁業用の船着場になっていた。海と歩道はコンクリート塀で区切られており、私は歩道を歩いていた。

 

塀の向こう側には地元の中高生と思われる男子2人が歩いていて、持っている竿海にたらして釣りを始めた。きっといつもここで遊んでいて、それが彼らの日常なのだろう。

 

海沿いを歩いて行くと海を見渡すことができる建物があり、海や船がよく見えて綺麗だった。

 

一番広いテラスに出てみたら、何かのイベントがあったのか従業員が忙しなく椅子やテーブルを片付けていたのでそっと離れた。

建物の一階入り口付近では、音楽が演奏されていて小規模な屋台の周りで地元の人たちが歓談している。

 

私は勝手に観光にきたくせに、誠に勝手ながらここに私のような部外者は必要とされていないと感じた。

 

当たり前にここに住んでいる人がいることを考えた。海のすぐ近くで、歴史があり美しい自然もあるが、大きな津波があった場所。また津波があって街が壊れて生活が変わる可能性があるけれど、ここに住み続ける人たちの感情はどういうものだろうか。

 

自分が海がない土地育ちのせいなのか、海があって、津波の可能性がある生活というものが異国の出来事のようにも思えてしまう。

 

もし自分がこの土地に生まれ育ったら、海と歴史に愛着を抱き、何があっても住み続けるのだろうか。それとも、今と同じだ田舎の閉鎖的な人間関係や、ヤンキー文化を嫌悪して刺激の尽きない都会に住むのだろうか。自分の魂が変わらないなら、後者だと思う。

 

知らない土地に行き、土地を知り、そこに暮らす人の生活を考える時間は必要だ。私のような、わざわざ足を運ばないとそこで起きた出来事と向き合うことができない怠け者も、強制的に考えることになる。

 

そして何か重大な結論が出る訳ではないけど、当たり前に自分にない人生、人格、生活が存在するということが、目前の生活の重荷を少しだけ軽くしてくれる。これからもあらゆる場所に行き意味のあることないこと考え続けたい。

 

 

N/A

N/A読んだメモ

 

社会では分かりやすい存在であることが求められるので、ラベリングされない存在になることってかなり難しい。多様性の尊重と言われる時代だけど、LGBTみたいな分かりやすい名称がなくて、一般に想定されていない少数派の在り方はより理解されにくい。りゅうちぇる離婚に対する世間の反応を思い出した。

 

主人公はラベリングされない存在でありたいと強く思うと同時に他人の感情をラベリングしている。特別な他人にはその人のための言葉をかけるべきと主人公は思うけれど思い付かず、自分をラベリングしたと思った友人が、特別な言葉をかけることができていた。最後は他人からの定型的な優しさで救われていた。

 

特別な関係性の人間には、その人のための言葉をかけるべきだという考え方を思春期の頃自分もしていたなって思い出した。でも特別な言葉なんてそう簡単に出てくるもんじゃなかった。

 

あと「女の子なんだから将来の為に身体を冷やすのはよくないよ」という、女性ならば大人から一度は言われた経験のある言葉に対する違和感の言語化がすごかった。

自分にとっては自分の身体は自分でしかないのに、他者から勝手に赤ちゃんを産むことを想定された「女性」の身体として扱われている、居心地の悪さというか、違うものにされたときの心地悪さが表されていた。そう!!これだよーーーー!!!!って思いました。

 

あと女子校の先生が生徒と結婚してるところとか、背が高くてショートヘアだったり運動ができたりする子がイケメンとしてもてはやされるところがリアル。

 

 

 

 

Gに始まりGに終わる

 

最近、地味に嫌なことや無理なことが続いてる。くだらないことなんだけど、非常に疲れたので整理するために書き出します。

 

部署移動してからの1番忙しい時期をやっと抜けて、ほーっとしていた土日のこと。

 

まず、Gを踏んだ。

お出かけしてルンルンで帰宅して、電気を付けるために暗闇を歩いていたら、なんか踏んだな?嫌な予感がする、と思い、恐る恐る足の裏を見たらミニサイズのGだった。むりすぎて、掠れた悲鳴が出た。取り敢えず常備しておいた氷結ゴキジェット噴射しまくったら死んだ。帰宅したら色々作業を片付けようと思ってたのに、気持ち悪すぎて全ての生きる気力を無くしてしまった。

実は帰宅途中、初めて最寄り駅付近でGが道を歩いてるの見ていて、虫の知らせだったのかもしれない、ムシだけに...。

この日、Gを踏んで以来、私の人生はG以前と以後に完全に分断されてしまったようだった。G以前に私の人生に起こった出来事は、全てGの伏線に過ぎなかったのだ。そして、G以後の人生はG以後に過ぎず、あとはただ死を待つのみ。Gの終焉と共に、私という存在はようやく解放され、真に自由な人生を歩めるとも言える...。そう思ってしまうぐらいにはショッキングだった。

取り敢えず本当に気持ち悪かった。ぐにゅってしてた。人を喰う巨人が存在しないこの世界では、「駆逐してやる」という言葉はGに対して1番使われているに違いない。というか、あの動きが素早く退治が困難なことで知られるGを踏むことができた私って、逆に幸運の持ち主で最強で神なのかもしれない。...部屋にハッカ油撒きます。

 

あとは、久しぶりにちょっと良いお店で買った瓶のパスタソースを開けたらポワポワの白いカビが生えてて悲しかった。私の自炊を怠る怠惰さ故に、食べ物を無駄にしてごめんなさい。

 

クライマックスは、上司に怒られて残業してすっごく嫌な気持ちで帰宅したら、電気が止められてた。

なんだか最近、電気の支払いに対する記憶があやふやで心の片隅にほんのり不安があったのだが、仕事が忙しいことを言い訳に完全無視をしていたら、案の定最悪の結果となった。ああ〜忙しいを言い訳に生活を怠るのは辞めよう。生活を顧みようの会。

しかし、意外とこういう時に適応力が発揮され、取り敢えず買ってきたレンチンの要らないお惣菜にがっつき、最寄りの温泉の閉店時間を調べ、すぐさま深夜の商店街に繰り出した。

まだ週半ばだし眠いし疲れてるし...友達の家に泊まるより自力でどうにかしたほうが気が楽だった。

 

話が逸れるんだけど、温泉に行っていつも不思議に思うのは、温泉で見る人の身体はたるんでいても細くても太くてもみな等しく清潔にみえるということ。入浴を目的とする場所でただ入浴をしているだけの裸体には、なんの意味もなくて、気楽ですごくいいなと思った。

 

部屋に戻ってからはインテリアとして買った充電式ライトを電気がわりにしたし、朝はアイロンがけの要らない服を着て出かけて、意外と適応力がある。

 

翌日はどうにか電気を復旧させなくてはいけないという焦りで、会社休みてえ〜〜と思ったけど出勤して偉かった。

 

そして最悪な気分の重い心身を引きずりなんとか出勤したものの、会社で朝から弊社のイカれた部分を煮詰めたような人間関係のトラブルが勃発しており、気が滅入るを飛び越え、早くここを脱出したい気持ちで溢れかえってしまった。

 

そんな最悪に最悪を重ねた事態が起きていようとも、兎にかく心の平穏を保つ為には電気を当日中に回復させる必要があった。仕事中にこっそり抜け出し多分合計1時間ぐらいは電気会社に電話してた。電気会社はとにかく回線が混み合っているし電話先をたらい回しにされたのでストレスがすごかった。けど...原因は自分なので...電気会社の皆様、お忙しいところ、お手数をお掛けし大変申し訳ございませんでした。

 

電気は無事復旧したけれど会社の人になんやかんやあって電気が止まったことが伝わり、私がオワリ人間であることが周知の事実となった。この勢いで全ての期待値を下げていきたい。

 

そして今日に至る。今日の最悪ポイントは仕事。

今苦労している案件がホント意味分かんない...!理解できない私って、頭悪いし愚か!と思っていたら、自分の前々任がミスして休職のきっかけとなった案件と同じらしいと知り、そりゃ難しいわとなった。そんな仕事を2年目にやらせないで欲しい。弊社と世界に対する怒り。

 

入社して一年半ぐらい?だけど、その短期間で今までの人生で浴びた怒られ量をとうに越えている。辛いとか自責の念とか申し訳なさを飛び越えて、もう心が乾いていて怒りで満ちている。メンタルは強くなったけど、毎日死ねやという感情でいっぱい。向上心もなければ素直さからもかけ離れ、誠実さのかけらもない人間性の欠けた2年目になってしまった。

 

最後に個人的なおもしろエピソード。

今日の帰りの電車内でGが闊歩しており、車内が騒然としていた。小さな生き物が動き回っているだけなのに、人間が避けて逃げ回る様は客観的になかなか滑稽でおもしろかった。完全に他人の電車内の人々が一匹の虫に注目して同じような感情になっているのも、なかなか無いことだし、おもしろかった。

 

今週本当に仕事に集中できなかったしずっと眠すぎて辛かったんだけだ、こう振り返ってみると仕方がないような気がする。

 

そして運命なのかなんなのか、

Gに始まりGに終わった2週間だった。

 

こんなことあるんだ。

 

実家とお盆

お盆休みはとにかく休みたい一心で実家に帰ってきた。仕事のストレスがなくご飯を3食食べて沢山寝るだけで肌艶がめちゃくちゃ良くなった。

 

実家ではちょっと前に、家族揃って感染症にかかっていた。そして祖父は介護が必要で、祖母も大きめの怪我をしていて、母方の実家でも様々な体調不良が起こっており、心身不調のオンパレードという感じだった。

 

全体的にみんな疲れており、ここは私が賑やかすしか...!という勝手な使命感に駆られて、 いつも通り変な顔や動きをしてみた。

 

みんなとは書いたけれど、疲労しているのは主に家の家事をこなし、平日も家族の世話をしていて、母方の実家の面倒も見ている母だった。

 

私がひとりで自分のやりたいようにに仕事をしたり遊んだりしている間、母はずっと誰かの面倒を見ていた。母は自分の趣味も楽しんでいるし、田舎での穏やかな生活が合っているんだろうなとは思うけど、結婚をして子供ができてからは子供、親、家族、ずっと誰かの面倒を見続けている人生だ。

 

実家には父も兄弟もいるし、母方の実家にも兄弟が住んでいるのに、『世話をする』という業務が平日も家にいて企業に勤めて仕事をしていないというだけで、母に一点集中している。

 

一方私は先のこととかよく分からない〜仕事辛い〜好きなように遊びたい〜みたいな感じでふらふら生きていて、申し訳ない。

 

それと同時に、自分は人の面倒を見て自分の人生が終わることに耐えられない、と思った。男も、自分と家族の世話をしろ。私にも好きにやらせろという意地がある。    

 

とにかく実家は古い家で、自分の人生や恋愛に対する価値観はこの古臭い家父長制度への疑問と反発心と諦めから形成されているところが大きいな〜と気付いているんだけど、自分の中で整理することがとても難しい。後々文章にまとめたい。

 

取り敢えず今度、おかんと一緒に旅行にでも行こうと思う。

 

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①家族の老いを目の当たりにして、家族の「老い」と「死」が怖い。

②母を犠牲にして私の自由が成り立っているということ。

③母を犠牲にしてまで私の自由には意味があるのかということ。

④でも結局。私にはずっと実家に留まることはできないということ。

⑤今まで結婚したがる人の気持ちがイマイチ理解できなかったけど、自分の親がいなくなったあと、法的に保証された自分の居場所があるというとはすごく安心することなんだなと思った。

美術館、美容室、選挙

土曜日はだらだら寝過ぎたせいで、寝起きから頭痛で最悪だった。でも昨日は何もしていないので、今日はタスクをどうしてもこなしたくて起きた。

 

コンビニのパスタを食べて頭痛薬を飲み、昨日洗濯機にかけたまま放置してた洗濯物を干して(最悪)、ソファの上に積んでいた衣類をアイロンがけし、しまった。

 

薬が効いたおかげか、部屋が綺麗になったからか、頭がスッキリしてきたので気分よく出かけた。

国立新美術館のルートヴィヒ美術館展に行った。日曜の14時頃だったけどあまり混んでいなくて快適だった。

 

私が初めて国立新美術館に行ったのは日本人が大好きな、ルノワール展、2回目がミュシャ展だったので、その時の混雑具合に比べたら、全ての展覧会は空いてると思える。

 

今回気に入った絵は、マリア・ブランシャールの「ランプのある赤い静物」だった。

これに関しては見た瞬間から、え、超かっこいいーーーーー!!!!!!!という偏差値0の気持ちで好きだった。ポストカードが売っていなくて、残念!!! 

 

ピカソの絵もたくさんあったのだけど、今日は見るのが苦しかった。仕事で心と脳が許容範囲ギリギリのところに、ピカソの情報量に耐えきれなかった。

 

ここ数ヶ月、突然えずいてしまうことがある。特に平日の朝、駅を歩いている時や食後が多い。今日は珍しく美術館でもそれっぽくなった。多分ストレス性のもので、落ち着いてゆっくり呼吸をすると良くなる。だるいから治したいんだけど、わざわざ病院に行く程でもないから放置してる。

 

そのあとは美容室に行って髪染めて切った。なんだか美術館で気持ちが疲れてしまったせいか美容師さんのうまく会話ができなくて、落ち込んだ。まぁそんな日もある!髪の毛をいい感じにしていただいたうえに、気を遣って会話してもらって、感謝。

 

1日の締めくくりに?選挙に向かった。19時ぐらいの夏の夜は夕暮れで空が水色とオレンジ色で、程よく風が吹いていて気持ち良かった。

 

結構こどもを連れて家族で来ている人がいて、いいな、と思った。投票帰りも、これから投票に向かう人たちとすれちがい、新鮮だった。

 

何故なら、私の地元は田舎で過疎&車社会な為、選挙に向かう人間・投票を終え帰る人間を目撃することがまずほぼないからだ。「選挙」に行った人間の流れが目に見えて分かる、ということは、貴重なことなのではないかなと思った。

 

明日からまた仕事に追われて残業まみれなの、嫌だな〜